深海

深海生態系の保全

海の生物多様性がすごい勢いで減少している問題は,
国際的にも地域的にも非常に頭の痛い問題です.
私たちが海の資源を永続的に使い続けていくためには,
海の生物多様性を保全することが緊急の課題となっています.

10%を海洋保護区に

いま世界中でおきている海の生物多様性の損失を食い止めるために,
国連は「2020年までに各国の領海(排他的経済水域EEZ)の10%を海洋保護区にせよ」
と決めました(the Aichi Target).

これを成し遂げるには,科学者の知識をフル活用して,
生態学的にも生物学的にも重要な場所を選定しないといけません.
そうやって科学者が科学データの裏付けをして選定した重要なエリアから,
国のお役所の方々が実際に保護区にするかどうかを決めます.

私は,JAMSTECに在籍していた当時(2012-2016年),
日本列島周辺の深海の保護区を決めるためのデータ解析を担当していました.
環境省から依託されたS-9プロジェクトといいます.

深海と言っても広くて,(浅い海に比べたら)データも少ないので,
深海の化学合成生態系を対象に調査を始めました.

深海化学合成生態系とは?

深海化学合成生態系とは,硫化水素やメタンなどの還元物質から
有機物を合成する微生物から成り立つ深海の生態系です.
硫化水素やメタンは地中から湧き出てきます.

深海化学合成生態系には熱水噴出域と湧水域がありますが,
どちらもレアでそこにしか生息しない珍しい種が多いのが特徴です.
底生生物のバイオマスも非常に高いです.
周辺の深海の海底に比べたたら500-1000倍も高いこともあります.

その他に特徴があるかと聞かれたら,高い生物生産と答えるでしょう.
たとえば,熱水噴出孔がある場所では,全体の面積こそ狭いですが,
それでも単位面積あたりの純一次生産力は熱帯雨林やサンゴ礁に匹敵する場合があります.

このように,海の生物多様性やその成り立ちを理解する上で,
学術上極めて重要な生態系であるにも関わらず,
深海の化学合成生態系は依然としてほとんど調査が進んでいません.
というのは深すぎてアクセスが難しいからです.
例えば,深海の熱水噴出孔フィールドの平均水深は2000mもあります!

そういった事情があり,深海化学合成生態系の生物多様性に関する情報は
(まったく)十分ではありません.
手元にある断片的なデータを使って深海の生物多様性を推定しているのが現状です.

深海底を掘削する時代になってきた

ここ数十年間以来,深海の化学合成生態系にも人間活動の手が
のびようとしています.近年のテクノロジーの進化はすさまじく,
深いという壁や岸から遠いという課題を解決しつつありますし,
いままでアクセスできなかった深部への探索の可能にしています.

深海底の底網引き漁や鉱物資源やエネルギーの掘削など,
テクノロジーの進化によって人間活動は深海生態系にどんどん入り込んでいます.
例えば,熱水噴出孔フィールドでは質の高い鉱石がとれる熱水鉱床がありますから,
これが深海のゴールドラッシュと言わんばかりに商業的な採掘者を虜にしています.

結果的に,深海生態系は破壊的なダメージを受けようとしていますし,
生物多様性がますます損失する危機にあると言っても過言ではありません.

どうやって保護区を設定するのか?

保護区を設定するのが,生物多様性や生息地を保全する最も手っ取り早い方法です.
しかし,深海生態系の保護区を決めるためのベースラインとなる科学データは,
他の海洋生態系と比べて非常に乏しいのが現状です.
私はJAMSTECでさまざな海域の保護区を選定するプロジェクトに参加しているときに
そのことを痛感しました.

保護区を選定するための項目として主に使われるのは,
種組成や,種の分布,種の変動性,個体群の大きさ,個体群間のつながり,
生産力,それに群集の多様性に影響を与えるさまざまな要因が含まれます.

これらの基本的な情報は,サンゴ礁やアマモ場,コンブ場といった
浅い海の生態系では比較的豊富にデータが存在するので,
さまざまな項目を駆使して優先的に保全すべきサイトの選定が可能です.

しかし,深海化学合成生態系では使えるデータがとても限られていて,
私が保護区の選定に使えたデータは種組成だけでした.
ある種の個体数(面積あたりの数)といった超基本的なデータでさえ,
深海ではデータが限られています.そういった制約があるため,
データが欠落している場所の多様性を推測しようと統計解析を使うことも出来ませんでした.

加えて,1つだけ確かなことがあります.
それは深海には,これまでにまだ誰も見つけていない化学合成生態系の生息地が存在し,
そこにはまだ誰も見たことのない生物が超高い確率でいると言うことです.

深海はサンゴのフロンティア

いまのところ,深海化学合成生態系は(ほんの一部の場所を除いては)
どこも保護されていません.

深海はこの地球に残された最後のフロンティアだと思います.
そのフロンティアが,”まだあまり解明されていない”のをいいことに,
商業利用され尽くされてしまうことがあったら,
それは看過できるものではありません.

深海の生態系を効果的に保全して管理するためには,
さらなる詳細で包括的な調査が必要不可欠です.
研究者以外の方々がもっともっと深海に興味を持ってくれたらいいと思います.
それが私たちの深海の知識欲や共同研究を促して,
近い将来に深海生態系を保全するための枠組みを作る手助けになるからです.

そう,手遅れになる前に!

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