無限の多様性をもつサンゴ礁
上のサンゴ礁の写真を見てどんなことに気づくでしょうか。
遠くまでスコーンと抜ける透明度の高い水。 そして非常に多くの魚がいます。
数だけでなく、種類もとても多いのが特徴です。
サンゴ礁は、地球の全海洋面積のわずか0.17%に過ぎない非常に小さなエリアですが、全世界の海水魚の種類の4分の1に相当する4,000種が生息しています。
さらに、世界の漁業の5%はサンゴ礁を漁場にしています。 サンゴ礁には魚だけでなく、それはそれは気が遠くなるほど、非常に多くの種類の生物が生息しています。
知られているだけでも約9万3,000種以上で、これは浅い海にすむ種の数の約35%に相当します。
さらに研究が進めば、少なくとも50万種にはなるだろうといわれています。
サンゴ礁の種の多様性は、世界のどんな海よりも高いのです。
ところで、よく多様性が大事だといいます。 なぜ大事なのでしょうか。
それは、多様性が低い生態系は、少し環境が変化するだけで壊滅的な打撃を受ける恐れがあるためです。
仮にもし日本中の女性が嵐の相葉ちゃん(のような男性)としか結婚しないと言いだしたらどうでしょう。
世の中、相葉ちゃんのような癒やし系ばっかりの「多様性の低い生態系」になります。
それはそれですばらしいかも知れませんが、もし相葉ちゃんが「熱さ」に弱かったらどうでしょう。
温暖化で全滅してしまいます(環境に弱い生態系).
でも相葉ちゃんとは正反対の男でも熱さに強いやつなら生き残れます。
つまり多様性が高ければ環境の変化がおきても一部は生き残れます(環境に強い生態系)。
多様性が高いほど生態系の安定性も高くなるため、多様性が非常に重要なのです。
さらに、遺伝子資源の面からも重要です。たとえば、マレーシアのとある地域では、けがをして血だらけになったとき、サンゴ礁にすむナマコを粉にしたものが止血に使われています。
このようにまだあまり知られていない、人間に役に立つ効能を持つ生物はたくさんいると考えられるため、遺伝資源という面からも多様性は貴重なことなのです。
大地をつくりだす動物
サンゴは水温が18〜30℃の暖かい水が大好きです。
水が透明で水深は40m未満、チッソやリンなどの栄養が乏しく塩分が高い海水にすんでいます。
余談ですが、赤色の宝石サンゴはサンゴ礁のサンゴとは種類が違い、水深100m以上、深いものでは1,000mを超える深海底にすんでいます。
サンゴは刺胞動物門に属し、クラゲやイソギンチャクの親戚です。
意外かもしれませんが、皆さんが普段目にするのは昼間の寝ている姿で、夜になると起きて触手を開きます。
その姿を見るとイソギンチャクのようなかたちに見えませんか。
私たちが普段見ているサンゴはポリプというサンゴの個体がたくさん集まったもので、群体と呼ばれます。
サンゴの体は、ポリプが石のコップに入っているような構造です。
石のコップはサンゴの骨格で、炭酸カルシウム(CaCO3=石灰)でできています。
成長するにつれ炭酸カルシウムをどんどんつくりだすので、骨格は年齢とともにゆっくりと積み重なっていきます。
サンゴ礁で見られる白い岩や砂は、サンゴなどの石灰化生物がつくったものなのです。
沖縄の万座毛の岩や沖縄本島の南側の大地は、サンゴなどの石灰化生物が何十万年、何百万年かけてつくり上げたものです。
サンゴは岩だけでなくて地形までつくりだす、非常に重要な動物なのです。
サンゴにはさまざまな形状があり、樹枝状のものは年間10~20㎝成長しますが、塊状のものは成長が遅く、年間数㎜程度しか成長しません。
その代わり非常に巨大になることができます。 ちなみに宝石サンゴは1㎝成長するのに50年かかるものもあります。
植物がいない生態系?
サンゴ礁は、水が透明で、ものすごい数の魚が生息していることは冒頭で述べました。
ここに少し矛盾を感じます。
海水の色は植物プランクトンの量で決まると言っても過言ではないため、サンゴ礁には植物プランクトンがほとんどいないということがわかります。
サンゴ礁の海はチッソやリンなど、いわゆる肥料となるようなものが、ものすごく少ない状態です。
専門用語では「貧栄養」といいます。そのために植物が育ちにくく、水が透明なのです。
しかし,多くの魚が生息するためには、それを支える植物も豊かでなければなりません。
ですが、ここには植物らしいものも見当たりません(小さな藻が少し生えている程度です)。
ちなみに、サンゴを植物だと勘違いする方もいますが、サンゴは動物です。
一見、植物の見当たらないサンゴ礁でなぜこれだけたくさんの魚が生きていけるのかは、非常に重要な問題でした。
植物との共生
実は植物はサンゴのなかに隠れていました。
ポリプの肉のなかに、褐虫藻という小さな植物の一種が超高密度に分布しているのです。
1㎜の100分の1くらいの大きさで、縦、横、高さが1㎜の小さなポリプの立方体の中に、何と3万細胞も入っています。
想像してみてください。サンゴ礁のサンゴの表面が、びっしりと藻類で覆われているのです。
サンゴの林は光合成する藻類の林だったのです。この藻類は「共生藻(きょうせいそう)」とよばれます。
サンゴは肉のなかにすまわせることで、共生藻を敵から守っています。
また、共生藻に自分が吐いた二酸化炭素を提供しています。
さらにサンゴの排泄物は共生藻の肥料となります。
一方、共生藻は光合成で排出される酸素や、光合成でつくりだした炭水化物をサンゴに提供します。
共生藻の光合成による炭水化物のおよそ90%はサンゴに利用されるといわれています。
サンゴの主食は共生藻からもらった炭水化物ですが、もらった炭水化物は栄養素に乏しいジャンクフードとも言われており、そのためサンゴはビタミンやタンパク質を得るために動物プランクトンなどを捕食しています。
動物プランクトンを食べないと、サンゴは丈夫な骨を作れないという話しもあります。
動物プランクトンは夜行性なので、サンゴは夜に触手を伸ばして餌をとります。
夜のサンゴ礁は、昼間サンゴの隙間に隠れていた動物プランクトンがうじゃうじゃと姿を見せて濁っています。
この透明な水のなかに、よくまあこれだけ多くの動物プランクトンがいるもんだと感心します。
サンゴのいっせい産卵
種類にもよりますが、サンゴは年に1度、いっせいに産卵します。
日本なら初夏の満月の前後数日のうちの1日に、卵と精子が入ったパックをいっせいに放ちます。
このパックは水に浮いてはじけ、ほかの精子や卵と受精します。
赤道が近いマレーシアでは年に2回のいっせい産卵が確認されています。
受精後は1〜2日で「プラヌラ幼生」となって泳ぎ始め、2週間〜1カ月ほど漂ううちに岩の上に定着し、炭酸カルシウムの骨格をつくりだして成長を始めます。
岩の上に定着することを、加入(リクルートメント)といいます。
新入社員もリクルートメントスーツを着て会社に加入していますね。サンゴは加入してから、稚サンゴとなって大きな大人になるまでに様々な試練にたたされます。
外敵に襲われて食べられてしまうこともよくあります。
幼生時代にどれくらい生き残ったが、その後の大人の数を決めると言ってもいいので、サンゴ礁を再生しようと考えている研究者は、この加入のメカニズムを解明しようとしています。
危機にさらされるサンゴ礁
世界のサンゴ礁の多くは今、危機的な状態にあります。
健全なサンゴ礁は恐らく30%もなく、世界のサンゴ礁の20%はすでに壊滅されたといわれています。
この要因としてまず挙げられるのが、温暖化など気候変化による影響です。
また、大気中の二酸化炭素濃度が上がると水に溶けて、海が酸性化します。
そうすると、サンゴが骨をつくれなくなってしまいます。
サンゴの骨は炭酸カルシウム(石灰)でできているからです。
魚の獲りすぎもサンゴ礁を衰退させます。
サンゴ礁には藻類を食べる草食魚がたくさんいて、その繁茂を防いでいます。
草食魚が乱獲されると、より成長の速い藻類がサンゴの上を覆うため、サンゴが死んでしまいます。
沿岸開発による土砂流入もサンゴ礁壊滅の要因です。沖縄ではこれがよく問題になっています。
また、排水により海が富栄養化すると藻類が繁茂し、やはりサンゴが生息できなくなってしまいます。
海洋のプラスチック汚染がサンゴ礁をむしばんでいる可能性もあります。
これに関してはまだ研究はスタートしたばかりでよく分かっていません。
私はいま、太平洋のサンゴ礁におけるプラスチック汚染の被害状況を調べています。
サンゴ礁は本当に素敵な、素晴らしい生態系です。
健康なサンゴ礁をいつまでも残していきたい。
そのためにサンゴ礁やサンゴの仕組みがよくわからないと対策ができません。
そう思いながら、サンゴ礁の研究者は研究に邁進しています。