サンゴ礁の生態系研究の歴史では, サンゴに代表されるベントス(底生生物)や 共生藻が支配する”底生区の生態系”と, 魚類に支配される”漂泳区(ひょうえいく)の生態系”について, もっぱら数多くのすばらしい研究成果が生み出されてきました.
ちなみに漂泳区とは,海底よりも上の”水の空間の部分”で,海底とくっついているところが底生区です.
しかし,プランクトンや浮遊する有機物に支配される 「漂泳区の”低次”の生態系」についての研究は極めて限られていました.
“低次”とは,生態系の食物ピラミッドの底辺の方にいる小さな生き物たちが 支配する部分をいいます.
要するにプランクトンです.彼らのことを低次栄養段階者ともいいいます.
反対に、 食物ピラミッドの上の方にいる肉食系は”高次栄養段階者”になります.
これら漂泳区の低次の生物(つまりプランクトン)は, サンゴや魚類といった高次栄養段階者にとって重要な餌であるにもかかわらず, 研究者が少ないために他分野よりも研究が遅れていたのが現状です.
偏見を交えて言うと,たぶんサンゴ礁にはサンゴや熱帯魚のようにカラフルでとても美しい魅力的な生き物が多く, そのためサンゴ礁の研究者は必然的にサンゴと魚ばかりに目がしまっている.
そして肉眼じゃみえない”地味系”のプランクトンや有機物の研究は少々おろそかに なっていたのではないかと思います.
そのような事情もあり、私はこれまでにプランクトンや同じく水の中を フワフワと浮遊する有機物(特にサンゴが出す粘液)に着目し, サンゴ礁の漂泳区の低次生態系の研究を進めてきました.
サンゴ粘液の研究
漂泳区に供給される有機物源としてサンゴが出す粘液に着目し,サンゴ粘液の性質と機能の研究を進めてきました.
その結果,サンゴ粘液の性質として,サンゴは粒状の粘液よりも (微生物が利用しやすい)溶存の粘液を多く放出することがわかりました.
また,サンゴ粘液の栄養価は他の餌資源と比較して同レベルかそれ以上に高いことなど を先駆的に示してきてきました.
機能として,サンゴ粘液は細菌群集の良い栄養源であること, 粘液に始まる微生物食物連鎖が存在すること, また動物プランクトンがサンゴ粘液を利用していることなどを明らかにしてきました.
これらをとりまとめ、国内初となるサンゴ粘液の総説も発表しています.
サンゴ礁の動物プランクトンの研究
サンゴ礁の生態系において、動物プランクトンはサンゴや魚類の重要な餌です.
そのバイオマスから鑑みて、食物網の重要なプレーヤーであるにもかかわらず, 動物プランクトンについての研究は極めて乏しいのが現状です.
私は、これまでに東南アジアや沖縄のサンゴ礁において 動物プランクトンの研究を進めてきました.
その結果,サンゴ礁の動物プランクトンには他の生態系では見られない 特異的な日周の変動パターンがあることや,植物プランクトンを主要な餌とする 温帯域や極域の動物プランクトンとは明らかに異なり, サンゴ礁の動物プランクトンはかなりデトリタスに依存していること等を 明らかにしてきました.