サンゴ粘液からスタートする微生物食物網

海水中のチッソやリンなどの肥料となる栄養が少ないサンゴ礁の生態系が, 何故,多様で生産性の高い環境となりえるのかは長年の謎となっていますが, その答えの1つとして「サンゴ粘液」が注目されています.

サンゴ粘液(上の写真)とはサンゴが体外に出す分泌する有機物の総称で, サンゴに共生する褐虫藻の光合成産物に由来します.

これが水中に放出されると, 大部分は目合いが0.7マイクロ㍍程度のフィルターを通過してしまう “溶存態の”有機物となり,バクテリアの成長を促します.

バクテリアの他にも,動物プランクトンや底生動物に食されていることが 分かってきています. そのためサンゴ礁の研究者たちは, サンゴ粘液が食物網に果たす役割を知ることがとても大事だと考えています.

サンゴの粘液がバクテリアを活発に増殖させるなら, そこから始まる微生物食物網 (サンゴ粘液→バクテリア→バクテリア捕食者→そのまた捕食者) がとうぜん予想されます.

でもまだ誰も確かめていませんでした.そこで今回, サンゴ粘液にはじまる微生物の食物網を調べてみることになりました.

まず,サンゴを飼育して粘液を出させます. サンゴは水の中にいても日中の間は粘液(溶存態)を常に出しています.

サンゴを入れた容器と入れない容器をそれぞれ用意して, 光量や水温を水中と同じ程度に調整します.

数時間サンゴを飼育したら,サンゴを取り出します. こうして得た「サンゴ粘液あり」と「サンゴ粘液なし」の海水に, 今度は「バクテリアだけ入った海水」または「バクテリアと バクテリア捕食者が入った海水」を混ぜて数日間培養します.

ここでいうバクテリア捕食者は従属栄養性のナノ鞭毛虫といいます.

すると,粘液が入っている海水のほうがバクテリアがたくさん増殖しました.

さらに,バクテリアがたくさん増殖した海水のほうが, 後でよりたくさんのバクテリア捕食者が増殖しました. こうしてサンゴ粘液から始まる “効率の良い”食物網(粘液→細菌→バクテリア捕食者) があることが定量的に明らかになりました.

つまり粘液があるほうが,よりたくさん細菌が増えて, それを食べる捕食者がより増えるので, さらにその先のもっと大きな動物も増えると考えられます.

このようにサンゴ粘液は,生態系のなかで効率のよい物質の流れが実現します. もし環境破壊でサンゴが衰退してしまったら, この効率の良い物質の流れはなくなってしまうでしょう.

Nakajima R, Tanaka Y,  Guillemette R, Kurihara H (2017) Effects of coral-derived organic matter on the growth of bacterioplankton and heterotrophic nanoflagellates. Coral Reefs