サンゴ礁は今や,海洋生態系の中でも勢いのあるホットな生態系です.
実はサンゴ礁は,面積でいうと,全海洋表層面積のたったの0.1%しかありません.
しかしこの”小さな”生態系を対象にした科学ジャーナル「Coral Reefs」が, 水圏系のジャーナルのトップ10近くにいることからも,その勢いと重要性が伺えます.
これまでサンゴ礁の研究者は,主にサンゴなどの底生生物と熱帯魚に 焦点を当てて研究を進めてきました.
一方で,もう1つの重要なカテゴリーである プランクトンの研究者は非常に少ないという現実があります.
目に見える美しい生物が豊富なサンゴ礁では,どうしても小さくて目立たない プランクトンは研究対象として敬遠されているのかも知れません.
数少ないサンゴ礁のプランクトン研究でも,その大半は, 植物プランクトンやバクテリアといった「比較的扱いやすい」生物 を対象にしたものばかりです. そして動物プランクトンの研究はもっともっと少ないです.
動物プランクトンは,1次生産(植物)と高次栄養段階(魚など)を結ぶ 超重要な存在であるにもかかわらず,未だによくわからないブラックボックス的な 扱いを受けています.
動物プランクトンは夜にしか活動しないというのも (研究が少ない)理由の1つかも知れません.
4年に1度開かれるサンゴ礁の国際会議は,2016年にハワイで開かれました. (4年に1度なので,サンゴ礁のオリンピックと呼ばれます) 2000件以上もの研究発表がある中で,動物プランクトンを扱った研究は たったの2-3件だけでした.
それでも動物プランクトンは, サンゴ礁の魚類や底生動物の主要な餌資源の1つなのは紛れもなく事実です.
サンゴ礁の動物プランクトンの食物構造にはパラドックスがあります.
すなわち,サンゴ礁では動物プランクトンの餌となる,植物プランクトンが 超少ない生態系なのに,動物プランクトンがとっても多いというパラドックスです.
一般的な海洋生態系では,植物プランクトンが動物プランクトンの主要な食料です.
しかし,サンゴ礁はチッソやリンが少ない貧栄養の海のため(だから水が透明), 植物プランクトンの量は少ないのです.
水温は比較的高いので,植物プランクトンの生産量はそこそこあるのですが, その大部分はバクテリアと同じくらいの大きさの超微小な植物プランクトンが占め, これは小さすぎて動物プランクトンが食べることが出来ません.
にもかかわらず,かなり多くの動物プランクトンのバイオマスがサンゴ礁で見られます.
このパラドックスは,過去に2-3の研究で断片的に議論されてきましたが, 厳密的な定量調査がなく,きちんと解明する必要がありました.
そこで今回,このパラドックスに答えを出すべく, マイナーな扱いを受けながらも重要なサンゴ礁の動物プランクトンの食物網に 焦点を当てて調査を行いました.
その結果,やはりというか,植物プランクトンだけでは, 動物プランクトンの生産量をサポートすることが出来ないことが分かりました.
代わりに微生物食物網からくる生物が餌として重要な枠割りを担っていました.
ただし,植物プランクトンと微生物食物網からくる生物を足し合わせただけでは 動物プランクトンの餌として不十分な時期もあり, 代わりに生物の死骸や分泌物でつくられるデトリタスが, 大事な役割を担っていることもわかりました.
動物プランクトンはサンゴ礁に生息する多くの動物の貴重な餌になっています.
だから動物プランクトンを支える食物構造を知ることは, サンゴ礁生態系の全貌を明らかにする上で欠かせないテーマです.
今後はデトリタスが何に由来するのか,その起源と生産量を知ることが, 新しいドアを開けることになるでしょう.
Nakajima R, Yamazaki H, Lewis LS, Khen A, Smith JE, Nakatomi N, Kurihara H (2017) Planktonic trophic structure in a coral reef ecosystem – grazing versus microbial food webs and the production of mesozooplankton. Progress in Oceanography 156: 104-120.